『烏天狗』転の章

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「……事の始まりは今年の二月。
 カガリヤマトがクズシロに接触した時だ。

 ヤマトはミカドの下で捜査していたんだろ?
 その信頼するミカド先輩が懇意にしている探偵が、クズシロだった。
 その時にはもう、クズシロはワタリガラスの手に落ちてたんだろうな。
 ヤマトを神隠しにさせる準備は、そこから始まっていたということだ。

 でもまあ、ただではやられないのが、カガリヤマトという男だ。
 ヤマトが気づいたのは……春のうちだろうな。クズシロのやばい雰囲気は勘のいい奴ならすぐわかる。

 ヤマトはクズシロについて調べた。過去の経歴諸々を。
 真っ先に行きつくとしたら、僕やカスミさんが出会った時の事件だ。
 あいつ、当時はさんざん追っかけまわしてくれたからな」

「ああ!あの事件、君だったのかあ。
 学生の君がテロ紛いのことをやろうとしたのを、クズシロが突き止めてカスミってのが止めたってやつ。
 クズシロ、よく言ってたよ。『神童が闇落ちしたら他人を巻き込むからろくなことがない』って。
 でもあれ、世論じゃクズシロがけしかけたとかカスミが目立つための茶番だとかさんざん言われてなかった?」

「……ともかく、あの事件を知ったヤマトは、クズシロだけでなく、僕やカスミさんを真っ先に疑うだろう。真実は本人以外知らないことだからな。

 そのタイミングを、ミカドは逃さず利用したんだ。
 全てが一人の人間に繋がるように、あちこちに痕跡をばらまいた。

 全てを繋ぐ人間が誰かって?
 カスミさんだよ。

 河童の御霊会に行かされた件も、天邪鬼が暴走して馬鹿を襲った件も、全てカスミさんの差金だ。

 その時期と被せるように似た事件を起こすことで、ヤマトに意識を向かせた。
 ……悪い偶然も、重なれば人の手が加わったと考えざるを得ない。

 ヤマトはクズシロだけでなくカスミさんの動向も追っていたんだろう。
 それで、カスミさんが直々に動くたびに、連絡をして生存確認をしていたんだ。

 ヤマトは隣町に住んでいる妹に、ずっと警告していたんだな。だがあいつは馬鹿だから気づくわけもない」

 ミカドは頭の後ろで手を組み、遠くを見ている。

「ふーん。じゃどうしてカスミってのはわざわざそんな警察に目立ちそうなことやってたのさ?
 それに、ヤマトもヤマトでなんで妹を無理やりにでもゼミを辞めさせようとしなかったの?
 あいつならやりそうだけど」

「ヤマトは確信が持てなかったんだろう。もし相手が白だったら、被害を被るのはあの馬鹿だ。
 流石に自分の立場はわきまえていたみたいだな。

 で、カスミさんはああ見えて策士でね。
 相手が動くのを見てから行動に移すんだ」

「そうなの?」

「カスミさんは妖に『他人』を襲わせたんじゃない。『僕たち』を襲わせたんだ」

「えー、たいして変わんないじゃん」

「違うね。ターゲットが決まっている。なぜかわかるか?」

「うーん。ヤマトに気づかせるため?」

「わかってんじゃないかよ。
 ヤマトは二回目……『河童』の件で気づいたんだろう。
 探っている相手に探られ、操られていることに」

「うーん、誰かさんとは大違いで勘がいいねえ。
 でもそれなら最初っから僕のことを怪しんでてもおかしくないと思うけど?」

「その辺はあんたの方が策士だろう。
 多くの人……もとい妖を束ね、率いるカリスマ性のあるあんたなら」

 ミカドは照れ臭そうに頭をかいた。

「いやー、そんなに褒められると照れちゃうなあ」

「無論、どこかでヤマトが気づくということも織り込み済みだろう。
 だがまあ、消したタイミングが悪いな」

「あー確かに。クズシロのやつ、早まっちゃったんだよねえ」

「だが、そのおかげでお前にたどり着いた。
 ヤマトが残したメッセージだ。非通知かつ時間差で届いたやつ。
 あのメッセージは相手に届く前に中断された跡があった。すんでのところでスマホを壊すなりしたんだろうな。

 その後、僕がヤマトについて調べるためにアカウントを復旧した時にそのメッセージは送信された」

「えー!復旧できたの!消したのに!」

「その辺はいろいろと、ツテがあるもんでね。人類の文明の利器に負けた気分はどうだ?」

「うーん、勉強不足だったねえ、いろいろと。
 でもおかげで学ぶものも多かったよ。ありがとう!」

 朗らかに笑うミカドに、アシヤは近くにあった小さなジャンクを蹴飛ばした。
 それをミカドは笑いながら難なく避ける。

「おいおい、このままハイさよならと行くわけないだろうが」

「あーうん、そうだよね。君んとこの女の子、死にそうだもんね。
 でもあれ、僕じゃ解けないよ。クズシロの呪いだもん」

「……じゃああいつは……」

「うん。カガミっていうんだっけ?あれの契約者はずっとクズシロのままだよ」

 固く冷たい道路に横たわっていた一羽の大きな烏。
 足は三本あっただろうか。

「……あいつ、懐いてたのにな」

 俯いてつぶやくアシヤを気にせず、ミカドは腕を広げた。何かを迎え入れるように。

「さーて、謎解きの時間は終わりかい?なら僕が答え合わせをしなくちゃね。

 うん、大体合ってるよ。言わずもがな、僕とクズシロはグル。
 カスミに合わせて事件を起こしたのも僕んとこの下っ端。
 ヤマトを消したのはクズシロ。どいつもこいつも、止めたのに聞かないんだもん。
 でもあと一つ、謎が残ってるよ。

 クズシロが君に『カガリヤマトの動向を探れ』なんて依頼したのは何でだと思う?
 黙ってりゃばれなかっただろうにさ」

 下を向いていたアシヤは、やがて前を向いた。
 いつまでも笑っている影の、息の根を止めるために。

―――

「なんで僕に依頼しに来たのか……ね」

「うんうん」

「それはおそらく、過去の清算だ。
ワタリガラスは十数年前に潰された。だが復活した。いつ頃かは知らんがね。
手始めにやるならなんだ?元凶を叩くことだろう」

ミカドは開いていた腕を組み、今度は考え込むような仕草をした。

「うーん、半分当たりで半分外れ。僕は君をスカウトしに来たんだよ」

「は?」

「だって君みたいな切れ者、こっち側に来てくれたら超助かるじゃん?
僕らはね、まだまだ仲間が必要なんだ。そして君には、僕らに加わる素質がある」

アシヤは苦虫を噛み潰したような顔でミカドを見た。
ミカドは相も変わらずにこにこしている。

「……何を見てそんなこと言ってんだ?」

「そりゃあ君の手腕、詞を使った妖への交渉、全部見てきたよ!
すごいよねえ!一瞬で相手の属性を見切って見合った術を的確に出す……。
君ぐらいの若さでできることじゃないよ!」

「ふうん。
だがお前らの指標は『妖だけの世界を作る』じゃなかったのか?
人を入れたらまずいだろうが」

「そこはねえ、だいぶ開発が進んでるんだよ。
君は小さかったから覚えてないかもしれないけど」

「……なんだと」

「その感じだと覚えてるみたいだね!『人体妖化計画』!」

アシヤは絶句した。
同時にフラッシュバックする。

術を使って本拠地を探った時に見えたもの。
人間の死体。死体。死体。
その中に紛れて蠢く異形のもの。

当時見たときは体内の液体と呼べるもの全てを吐き出したのではないかと思えるほど、狂乱した。

あの実験が今も続き、そして完成されようとしている。

無意識に、アシヤはミカドの胸ぐらをつかんでいた。

「……外道が」

「しょうがないよ、僕ら『人でなし』なんだもん。
……それに、君だって人のこと言えないでしょ?」

「……」

アシヤは、俯いて舌打ちし、乱暴に手を放す。

「君がやろうとしてることだって、僕がやろうとしてることだって根本は変わらない。
世界を変えるためには犠牲はつきものだ、そうだろう?」

「違う……」

「違わないよ。異なる点が一つあるとするなら、守るのが人か、妖か、それだけだ」

「違う!!」

アシヤの叫び声は、ガレージ一帯の金属で反響し、元の声以上に大きく響いた。

「……僕はさ、君と組むことができたらすごいことができるって信じてるんだ。
それこそ、人と妖の間にある、垣根を壊すなんてこともね」

ミカドは、そっとアシヤに手を差し出す。
その笑みは余裕の証であり、庇護欲の化身でもあった。

―――

 ぱんっ。

 それは、アシヤがミカドの手を叩き落とす音。

「……悪いな。丁重にお断りさせていただくよ」

「……そんなことしたら、僕は君を殺さなくちゃいけなくなっちゃうよ」

「かまわないさ。僕がお前を殺すからな」

「君の後輩くんも死んじゃうよ?」

「あいつは殺したって死なない」

「強気だねえ。せっかく二人ですごいことができると思ったのに」

「知ったこっちゃないね。あんたらの大義名分なんざハリボテみたいなもんだ。
 選ぶ相手を間違えたんだよ、あんたは」

「お、言うねえ。流石アシヤ家の神童陰陽師くんだ」

「……悪いがそっちは廃業済みだ」

「ふーん、これでも?」

 そう言ってミカドは自身から伸びている影を長くした。
 影はアシヤの影と交わり、首へと届く。

「っ……」

 アシヤの肉体に変化はない。だが影は確実にアシヤの首を絞めていた。

「苦しい?まるで誰かさんの呪いみたいだねえ」

 ミカドがぐいと腕を引いたと同時に、アシヤも引き寄せられる。

 目と鼻の先まで迫ったワタリガラスの親玉。

 アシヤは素早く後ろ手に持っていた札をばらまいた。
 札はひとりでに宙を舞い、ミカドに向かう。

 だが、札はミカドに触れる数センチ手前でじゅっと音を立てて焼け落ちた。

「君じゃ僕に勝てないよ。力の量が違う」

 ミカドはくすくすと笑う。
 アシヤも、笑っていた。

「やっぱダメか」

 ぱしゃっ。

 刹那、アシヤはミカドに水のようなものをかけていた。
 右手には計量カップほどのやや小ぶりな瓶。
 顔に思いっきり食らったのか、髪の毛からぽたぽたと雫が垂れている。

「こら!服が濡れたじゃな……いか……」

 異変に気付くには少しかかった。
 濡れたところが灼けるように熱い。
 実際には焼けていないのだが、ミカド自身の痛覚全てが、炎に包まれたかのように激痛を走らせている。

「ぎ……あああああああああああああ!!!!!」

 椅子から転げ落ち、顔を覆って叫ぶミカドをアシヤはにっこりと微笑みながら見ていた。

「ギ……ぎ……何を使った……!」

「人間にとってはただの水。妖にとっては劇薬。
 いわば聖水ってとこか。効果はてきめんのようだな!」

「はあ……はぁ……なんで……」

「なんで効いたのかって?そりゃお前、化けの皮を使ってるからさ」

 そう言い、アシヤは瓶を揺らす。
 無色透明、はたから見れば完全にただの水だ。

「人間の皮をかぶってるから大丈夫だと思ったんだろ?残念!
 女性なんかが使ってるアレ……導入液とかいうやつ。アレと同じ原理だよ。
 アレは皮膚の表面についてる油分や水分を除去することで化粧水を浸透させやすくしてるんだ。
 俺が使った聖水は混ぜもんたっぷりでね。肉体が持つバリアを溶かして妖の魂にまで浸透させちまうんだわ。
 魂に直接効果があるから、肉体から抜け出たところで意味はない。
 なんで生き物に聞かないのかって言ったら、そりゃまた肉体と魂の構造の話になるんだが……」

 そこまで言って、ミカドが苦痛のあまり気絶しかけていることに気付いた。
 アシヤは歩み寄り、ミカドの頬をぺしぺしと叩く。

「おいおい、人の話は最後まで聞けよ。寝るにはまだ早いぞー?」

「いぎぃ……っ」

「札も無駄にしやがって。あの紙高かったのになぁ」

「……流石、アシヤ家の息子、だ。やること、が、母親、にそっくり、だ」

 笑っていたアシヤの顔から表情が消える。

「余計なお世話だ」

「そう、だね。
 ああ、でも、これは、昔と、違って、人の、ために、やってるん、だもんね」

「あ?」

「……だって、クズシロくん、言ってたよ。
『昔の暴君だったころとは大違いだ、ずいぶんと丸くなっちゃって。
 ……守りたいものでもできたかな?』って」

 言い終わらないうちにアシヤは残りの聖水をぶちまけた。
 ミカドは声にならない声を上げて呻き、のたうち回る。

 その凄惨な光景を見て、アシヤはげらげらと笑っていた。
 心から、嘲るように。愉しむように。

 ひとしきり笑い終えた後、もはや声が聞こえているのかわからないミカドに、独り言のように話し出す。

「はぁ?僕がそんな感情的な行動をするわけないだろうが。
 これは、……ああ、そう、『落とし前』ってやつだ。
 妖さんたちがたいそう重んじてる『落とし前』だよ。
 なあ?お前にはさんざん世話になったからな……。
 あの脳筋馬鹿にも借りを作っちまった……。
 僕は他人に借りを作るのが大嫌いなんだ……。
 ……でもまあ、今回ばかりは感謝しないとな」

 そう言って取り出したのは、ミイラのような手。
 ぎちぎちと脈打つそれは、みるみるうちに大きくなり、ミカドの頭を二回りも大きい手のひらで包んだ。

「お前を消す口実ができたんでね」

 ぐちゃり、と、柔らかいものが潰れる音がした。

次話

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